大阪高等裁判所 昭和34年(ラ)116号 決定 1960年3月30日
抗告人(被審人) 株式会社塩田組
主文
原決定を取消す。
抗告人を処罰しない。
手続費用は原、当審とも国庫の負担とする。
理由
抗告理由は、抗告人が本件緊急命令(東京地方裁判所昭和三三年(行)モ第五号事件の決定)に従わなかつたのは
(一) 被解雇者である岩城伸雄は抗告人を債務者として神戸地方裁判所に解雇無効の仮処分を申請し、同裁判所は昭和三一年(ヨ)第五七八号事件として「債務者が昭和三一年一二月一三日付をもつて債権者に対してなした解雇の効力を仮りに停止する。債務者は債権者に対し金三七、四二八円及び昭和三二年四月一日から本案判決確定に至るまで一ケ月各金九、三五七円をその月の二五日に仮に支払え」との判決をしたが、抗告人は右判決に対し大阪高等裁判所に控訴を申立て、且つ右判決の執行停止命令を申請し、同裁判所は昭和三二年(ウ)第一三七号事件をもつて右判決の執行を全面的に停止したため、抗告人としては、緊急命令に服する必要なしと思料したこと
(二) 本件緊急命令は抗告人に対し「金一二万円並びに昭和三三年四月二五日以降原職復帰に至るまで月額九、五〇〇円の割合による金員を支払わなければならない」旨命じたものであるが、右命令の内金一二万円の算定根拠不明のため同裁判所に照会したが、その回答なく、抗告人としては支払額に疑問を有していたこと
(三) 抗告人は大阪高等裁判所において、岩城伸雄との間に和解が成立する見込を有していたこと
等によるものである。
そして抗告人所期のとおり、昭和三四年三月二七日大阪高等裁判所において、抗告人と岩城伸雄との間に裁判上の和解が成立し、抗告人は同年四月三日被告である中央労働委員会の同意を得て救済命令取消請求訴訟(東京地方裁判所昭和三三年(行)第二一号事件)を取下げた。
ところで本件緊急命令は右救済命令取消請求事件の「判決確定するまで」とその効力を限定しているのであるが、取下によつて訴訟が終了した場合も判決確定した場合と同様に考えるべきものであるから、本件緊急命令は前記訴訟の取下によつて当然その効力を失い、本件過料決定はその根拠を欠くに至つたのである。
更に緊急命令なる制度が設けられた所以は、被解雇者が生活に困窮し、あるいは使用者の支配介入によつて労働組合が潰滅に瀕し、回復すべからざる損害を蒙ることを防止せんとするにあるのであるが、本件においては既に被解雇者との間に和解が成立し、このような虞は全く存しない。
のみならず、前記和解成立後の今日においては、本件不当労働行為救済申立事件の申立人である全港湾神戸地方塩田支部も抗告人に対し兵庫県地方労働委員会の救済命令を執行しないことを約し、また右地方労働委員会も抗告人の処罰を望んでいない。
抗告人は極めて困窮した経済状態の中から、和解条項を履行すべく百方努力中であるが、原決定のように過大な制裁を課せられるときは、和解条項の履行にも支障を来す虞れある次第である。以上要するに本件においては抗告人に過料の制裁を課すべきものではなく、仮りにそうでないとしてもこれを課する必要なきものであるから、原決定の取消を求めるというにある。
よつて按ずるに、労働組合法第三二条が同法第二七条第七項のいわゆる緊急命令に違反した使用者を過料に処するのは、緊急命令の履行を確保し、その結果、労働委員会が、使用者に不当労働行為があつたとき、労働者側に救済を与えるため、同条第四項により発したいわゆる救済命令の履行を確保せんとする制度であつて、その趣旨とするところは、結局、労働者側を簡易迅速な手続によつて保護せんとするにあるものと解すべく、従つて緊急命令後、労使間に和解成立し、これによつて不当労働行為事件が円満に解決し、労働者側の利益が保護されたような場合には、も早緊急命令、延いては救済命令の履行を確保し、労働者側を保護する必要がないこととなるから、たとえ使用者に緊急命令に従わなかつた事実があるとしても、実質上緊急命令違反の行為がなかつたものと同視すべく、同法第三二条により使用者を罰することができないものと解すべきである。
ところで本件についてみると、抗告人提出の和解調書正本(写)によれば、抗告人は昭和三四年三月二七日、当裁判所において被解雇者たる岩城伸雄と裁判上の和解をなし、抗告人は被解雇者に対し昭和三一年一二月一三日付でなした解雇通知を取消し、被解雇者は昭和三四年三月二七日付をもつて、抗告人会社を円満退職すること、抗告人は被解雇者に対し金六〇〇、〇〇〇円を昭和三四年四月一五日金三〇〇、〇〇〇円、同年五月、六月の各一五日に各金五〇、〇〇〇円、被解雇者が占有中の三室を昭和三五年三月一日までに抗告人に明渡したとき、これと引換えに金二〇〇、〇〇〇円に分割して支払うことを等を約し、抗告人と被解雇者との間の不当労働行為事件は円満に解決し、被解雇者の利益は保護されたことが疎明されるから、たとえ、抗告人に東京地方裁判所が同庁昭和三三年(行モ)第五号事件として同年四月二三日に発した緊急命令に従わなかつた事実があるとしても、前記和解の成立により、実質上、違反行為がなかつたものと同視すべく、従つて同法第三二条により抗告人を処罰すべきものではない。
そうだとすると原審が抗告人に過料四〇〇、〇〇〇万円に処したのは違法であることに帰するから、爾余の抗告理由に対する判断を省略し、原決定を取消し、抗告人を処罰すべきものにあらずとなすべく、手続費用の負担について非訟事件手続法第二〇七条第五項を適用し、主文のとおり決定する。
(裁判官 大野美稲 岩口守夫 藤原啓一郎)
【参考資料】
労組法違反過料事件
(神戸地方昭和三三年(ホ)第一七六号昭和三四年四月六日決定)
被審人 株式会社塩田組
主文
違反者を過料金四五〇、〇〇〇円に処する。
手続費用は、違反者の負担とする。
理由
違反者は、神戸市生田区明石町三〇番地に本店を置き、輸入棉花商の代行下請を主たる業務とし、約一二〇名の従業員を雇用する株式会社であるが、昭和三一年一二月一三日岩城伸雄を解雇したところ、同人を代表者とする全日本港湾労働組合神戸地方塩田支部から兵庫県地方労働委員会に対し、右解雇処分を不当労働行為とする救済命令の申立がなされ(同委員会昭和三一年(不)第一三号事件)、昭和三二年四月三〇日、「被申立人(違反者)は、昭和三一年一二月一三日付でなしたる岩城伸雄に対する解雇を取り消し、同人を原職に復帰させ、かつ解雇の翌日から原職復帰に至るまでの間に同人が在職していたら受ける筈であつた諸給与を支払え。」その他を内容とする命令があり、これに対する違反者の再審査申立も、中央労働委員会(昭和三二年(不再)第二二号事件)において昭和三三年二月五日棄却された。そこで、違反者は、東京地方裁判所に右中央労働委員会の命令の取消請求訴訟を提起した(同年(行)第二一号事件)のであるが、同裁判所は、同委員会の申立により(同年(行モ)第五号事件)、同年四月二三日、「同裁判所同年(行)第二一号不当労働行為命令取消請求事件の判決が確定するまで、被申立人(違反者)は、申立人が被申立人に対してなした中労委昭和三二年(不再)第二二号不当労働行為再審査事件の命令の趣旨に従い、岩城伸雄を原職に復帰させ、かつ、同人に対し金一二〇、〇〇〇円並びに昭和三三年四月二五日以降原職復帰に至るまで月額金九、五〇〇円の割合による金員を支払わなければならない。」との労働組合法第二七条第七項に基く決定(緊急命令)をなした。しかるところ、違反者は、同月二六日右決定の送達を受けながら、昭和三四年三月四日まで同決定に命ぜられたところの全部を履行しなかつたものである。
右の事実は、証人岩城伸雄の証言、違反者会社代表者塩田富造本人尋問の結果の外、一件記録に徴しこれを認めるに十分である。
よつて、労働組合法第三二条前段、非訟事件手続法第二〇七条第四項に従い、主文のとおり決定する。
(裁判官 戸根住夫)